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2016年10月24日 (月)

バッハの形跡をたどる旅

ドイツワインケナー上級試験終了。セミナーや昨年試験会場で仲良しになった方とも再会、ブラインド試験の準備中、気になった問題を、回答しましたが、ほとんど同じ回答でした。でも自根を原語で書くのは、皆さんまさかと思ってたとの感想、筆記試験結果は差がでそうにないです。ワイン白3種は、同じ人が1人、赤2種類はまさかの難しさ意見がわかれました。
勉強したドイツ旅をしたいので、ドイツについてこれからも勉強していきす。

ゲーテ街道の起点の街 ザクセン州ライプツィヒ
帝国内で最も栄えた都市
ゲーテが大学に通い
シラー 第九 歓喜の歌 を書く
ワーグナー誕生
メンデルスゾーン、シューマン活躍
マーラー 交響曲第1番を作曲
市民の力で創立されたオーケストラとして世界最古のゲヴァントハウス管弦楽団の拠点


街道のハイライトとチューリンゲン州ワイマール
ゲーテとシラー活躍
大画家クラナッハや作曲家リストなども住み、幾度となく文化・芸術が開花した街
チューリンゲン州 アイゼナッハ
ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の舞台
世界遺産にも登録されている中世の名城ヴァルトブルク城
ルターが城内の一室で旧聖書をドイツ語に翻訳、歴史的大偉業を成し遂げた
これらの街でバッハにスポットを当ると
アイゼナッハで、1685年3月21日に生まれ、10歳で両親を失うまでの幼少時代を過ごす

街道のハイライトとなる都市ワイマール
宮廷オルガニスト、宮廷楽師長として君主ワイマール公に仕え、20歳代の大半を過ごす。
ライプツィヒ
市の音楽監督兼トーマスカントル(カントルは「聖歌隊指揮者」の意)に採用され、主要4教会のために教会音楽を作曲・上演
トーマス教会付属学校で教鞭をとり、市の行事に音楽を提供したり、死までの約28年間を過ごす。
バッハは、これら3都市では、音楽を重んじるプロテスタント、ルター派の宗教教育を受け、ルターが創始した教会音楽に深く関わる中で、敬虔な信者として数多くの宗教曲を作曲
そんなバッハの音楽人生の中で、異彩を放った街ライプツィヒの北約50kmにある小さな街ケーテン

ワイマールで最高の地位の宮廷楽長になれず、ケーテン侯の誘いに応じて移り住んだ街
ここで16名の優秀な奏者からなる立派な宮廷楽団が与えられる
君主はプロテスタントでも教会音楽を重んじないカルヴィン派の信奉者だったので、世俗の音楽を作曲するように命じられ宮廷楽長バッハは、ケーテンでの6年間、宗教色のないブランデンブルク協奏曲、無伴奏チェロ組曲など、異色の名作を残す。

ケーテン城ルートヴィヒ館の塔の外壁の有名なプレート
1717年~1723年、バッハはここで不滅の芸術作品を創作
祖国よ、彼を誇れ、しかし同時に彼の名に値するものであれと記載
ザクセン=アンハルト州ケーテンは、ドイツ統一前までは、訪れる人もほとんどいない荒廃した街でしたが、今はバッハゆかりの地として魅力的な街に生まれ変わる

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